ニッチな辞書を集めてみた

語学のみに限らず、勉学や専門的読書の座右には欠かせない、心強き相棒。

それは、辞書です。

 

人類が築き上げてきた知のデータベースともいうべきその一冊があるおかげで、私たちは険しくそびえる外国語の頂に到達することができ、また、荒波猛る専門書の海に帆を張って航海に出るための羅針盤を手にすることができるのです。

そんな至宝ともいうべき書を座右に置き、朝に夕にとページをめくるたび訪れる、めくるめく愉悦にひたる日々は、なんとも代えがたい魅力があるもの……。

 

本日はそんな辞書の中でもなかなか触れる機会のなさそうなニッチでピンポイントに編纂されたもの、変り種のおもしろ辞書に注目して紹介してみようと思います。

 

ちなみに、今回は実際に自分で手にとって読むことの出来た辞書のみ紹介しています。必ずしも各分野で最良の一冊を紹介するわけではありませんし、それぞれの解説にも独断が含まれていますので、ご了承ください。

 

隠語大辞典(皓星社)

まず最初は、約1700ページにわたって見出し語1万8000、総データ件数6万3000件を収録する超大物から紹介してみます。
一般的な用例とはまた違う隠語の世界へいざなってくれるこの辞書には、特定の業界、職種、集団のあいだでのみ通用する特殊な言い回し、おおっぴらに話題にしずらい物事を言い換えて表現した用例などが、これでもかというほど詰め込まれています。あまりにも膨大なデータベースになっているため、うっかり好奇心で自分の名前とか引いてしまうと、嬉しくない隠語だったりするなんてこともあるかもしれません。
秘められた言葉過ぎて、なじみのある用例は少ないかもしれないかもしれませんが、「そんな言い方をしてたのか!」と驚く言い換えの妙味を、心ゆくまで楽しむことができるはずです。

 

おいしさの表現辞典(東京堂出版)

古今の文学作品、エッセイ、そして美味しんぼを出典とした、食材と料理の美味しさを表現する約3000の文例を、食材別に分類し、五十音順に集成しています。
各カテゴリーの最初に序論があり、随所にコラムが挟まれた構成のため、最初から最後まで通読して楽しむのもよし、好きな食べ物の部分のみ拾い読みしてお腹を鳴らすのもよしな一冊です。
巻末に味覚表現から引ける索引があるのも、嬉しいところ。ヒラメの食感を表す「シャッキリポン」は残念ながら収録されていませんでしたが、「美味しんぼの味覚表現について」というコラムも掲載されていたりするので、美味しんぼファンにもオススメです。

 

雨のことば辞典(講談社)

五月雨、時雨、霧雨、卯の花腐しなどなど、季節や降り方によって雨を呼び分け、雅な名前を与えてきた日本人の細やかな感性に触れることのできる一冊。「雨」限定でありながら、1190語もの言葉を集めた、雨フェチにはたまらない内容です。
この辞書があれば、これからの雨三昧の季節も、趣深い雨のことばにまみれながら楽しく過ごすことができそうですね。

 

単位の辞典(丸善)

ものを数える際に欠かすことの出来ない「単位」に的を絞って、数え方に関する5200項目の語を紹介する、単位マニアのための一冊。
ちょっと変わったところでは、「シロナガスクジラ換算量」という捕鯨業において使われる単位が紹介されているなど、シロナガスクジラ1頭から採取できる鯨油の平均量を標準として設定し、捕獲したあらゆる種類の鯨について「シロナガスクジラ~頭分」と表すのだという、日常ではなかなか触れることのないおもしろ単位を知ることができたり、楽しい発見をしつつ読むことが出来るのも魅力です。
過去にネットの嘘で、痛さの学術的単位として「hanage」という基準が提唱されたというニュースがあったりしましたが、こうした換算量的な単位の考案なども、人口に膾炙してしまえば辞書に載ることができたりするのではと考えると、なんだかワクワクしてきますね。まあ、単位に限らず、現代の私たちの言葉使い、暮らしと文化が未来の辞書に載ることになるのは、ごくごく当たり前のことでもありますけれど。

 

日本語オノマトペ辞典(小学館)

題名そのままに擬音語・擬態語を4500例収録した辞書です。
さすがオノマトペだけあって、見出し語を流し読みしているだけで、さまざまな語感と趣を感じ取るができますし、解説を読めばさらに情緒を味わうことの出来るという、楽しい本になっています。一度読み始めたら、テンポの良さも相まって、いつまでも読み続けてしまいそうな中毒性があるので、使用には注意が必要です。
いくつかある類書のうち、講談社プラスアルファ文庫の『日本語擬態語辞典』も、収録語自体は少ないですが、すべてのオノマトペに五味太郎のイラストがついており、一目で情感を見て取ることが出来てオススメです。英文表記つきなので、日本語勉強中の外国の人にも喜ばれそう。

 

原子力辞典(日刊工業新聞社)

最近なにかとホットな原子力関連のニュースですが、見ているとなかなか馴染みのない言葉や単語がよく出てくるのも事実。そんなときに心強いのがこの辞典です。
原子力の研究、開発から、平和利用、安全問題に関する項目まで、原子力に関する用語7100項目を解説し、見出し語には英語、ドイツ語、フランス語、ロシア語の対訳つきなので、外国での報道との見比べをする際にも役立つかもしれません。

 

ボイラー用語辞典(日刊工業新聞社)

日々の暮らしに欠かせないものでありながら、なかなか詳しく知る機会のないボイラーについて、その構造と原理、ボイラーに使われる燃料および燃焼理論、燃焼方法や水処理の仕組み、さらにはボイラーの取り扱い保全管理や整備方法、ボイラーに起因する公害、ボイラー関係の法令用語についてまで、ボイラーについてのことならば漏らしてなるものかという意気込みで約2700語を収録し、簡明に解説してくれている一冊です。
原子炉もある種のボイラーですので、原子力発電関連のニュースを設備面から見る際に役立つ部分がありそうです。

 

横浜・ハマ言葉辞典(暁印書館)

明治時代、諸外国との貿易の玄関口となった港町横浜にて、否応なしに独自発展したハマ言葉は、英語・フランス語・オランダ語・ポルトガル語・マレー語など多国籍な語彙が日本語とないまぜになって出来上がった、個性的な響きに満ち溢れた言葉です。
そんな魅惑的なハマ言葉を集成したこの辞書を見ていると、いわゆる大正モダン的なものの一つの形ではあるんでしょうけど、どことなくエキゾチックなSF世界の設定用語集を読んでいるようなトリップ感覚も楽しむことが出来ます。

 

元型と象徴の事典(青土社)

世界中の宗教的伝承の資料を収集し、図象の写真とともに解説してくれている辞典なので、図鑑のようにも楽しむことができます。
あらゆる文明の祈りの場面に登場するイメージには、共通して現れる普遍的な類似があるような無いような、そんな想像も膨らませながら、パラパラとめくって眺めているだけでも面白い、ロマン溢れる一冊です。

 

官能小説用語表現辞典(筑摩書房)

直截に言い表さず、秘めやかに喩えることで、いかに読み手の想像力を刺激し、情感を高めるのかが腕の見せ所とも言える官能小説の世界から、独特に発展し練り上げられた性的表現2293語を、部位ごとに項目を分ける懇切丁寧さで紹介しています。
思わず笑ってしまうような喩えから、どうやったらこんな発想が出てくるか不思議になるような表現まで、つらつらと読み続けていると、今まで使ったことのない脳細胞が刺激されてくるような感覚すら味わうことが出来ます。
用語表現が中心となるため、セリフ、オノマトペ、絶頂表現のボリュームは少ないですが、1943例の絶頂表現を紹介する『官能小説「絶頂」表現用語用例辞典』 (河出i文庫) と併読することで、その物足りなさも解決されるはずです。
「中が戦争になっているのよッ!……」

 

工業用ダイヤモンド用語辞典(ダイヤモンド工業協会)

ダイヤモンドは美しい宝石として愛されるだけでなく、実用品としてさまざまな場面で活躍しています。この辞書は、ダイヤモンドが工具としてどのように利用されているか、また原料としての特質、ダイヤモンドに関連の深い分野について約1900語の用語を収録し、解説しています。
医療、音響、電子関連などの幅広い分野でのダイヤモンドの活躍ぶりを知ることで、よりいっそうその輝きが美しく、力強いものに見えてくれるかも知れませんね。

 

時代小説用語辞典(学習研究社)

おもに江戸を舞台にした時代小説に出てくる用語を、階級や役職の制度、剣術や娯楽、地名、食べ物、季節の風物などのテーマ、項目ごとに分類し、解説した一冊。
辞典として索引から調べるよりは、資料集的に読んでいくほうが楽しめそうです。
小説はもちろん、時代劇や落語、能狂言・歌舞伎などを楽しむ時に、すんなりと江戸時代にタイムスリップさせてくれる、江戸好き必携の辞書と言えるかもしれません。

 

てにをは辞典(三省堂)

言葉が実際に使用される場面では、ほとんどの場合、単語が単独で使われることはなく、必ず「てにをは」などの助詞や形容詞が付属するものですし、どんな結合語とくっついて使用されるかというその組み合わせに応じて、文章のトーンやニュアンスも変わってしまうものです。
この辞書では、結合語(コロケーション)に着目し、語義解説のかわりに、組み合わさる結合語の種類ごとに言葉の用例を分類して、60万例も紹介することで、言葉の正しい使い方と文章表現の妙がおのずと肌に沁み込んでくるような感覚で、一風どころでなく変わった楽しみ方をすることが出来ます。
文章を書きながら、もうちょっと違う言い回しはないかなあ、などと悩んだときにも役立ちますし、パラパラと無造作に開いて、言葉の海を漂流するのも真に楽しい一冊です。

 

活用自在 反対語対照語辞典(柏書房)

反対語・対照語に対象を絞って、現代語を中心に、古語、俗語、外来語などの反対語・対照語を、およそ15000語収録した辞典です。
反対語・対照語という観点で見ると、普段良く使うのは、対になる言葉の片方だけ、なんてことも多かったりするもの。パラパラとページをめくっていると、「この言葉の反対はこんな言い方なのか!」という発見があったりして、読み物としても楽しめます。
巻末付録にある、反対の意味をもったことわざをセットで紹介しているコーナーも、なかなか粋な計らいです。

 

最新右翼辞典(柏書房)

戦前・戦後の右翼運動の歴史を整理して、その活動に関わる個人、団体、事件、運動、用語を幅広く網羅する形で紹介する辞典です。
辞書としての用語の解説だけではなく、国家主義者・団体の発表した国家改造計画案や憲法改正案なども掲載されているので、資料集としての価値も併せもった内容になっています。
ふと思い返すと、最近は街宣車を乗り回すようなにぎやかな右翼に出会う機会がめっきり減っている気もしますが、そういう人たちは、暴力団系の街宣右翼という呼び方をされていて、「暴力団の隠れ蓑か営利組織であり本来の右翼ではない」というカテゴライズをされているのだそうですね。
やっぱりうるさくすると煙たがられるし、伝統を重んじるという観点からも、右翼俳句コンクールとかやったら、上品な右翼賛同者を増やすとともに、活動を促進に役立ったりするのかもしれません。

 

生化学辞典 第4版(東京化学同人)

日々めざましく進歩・発展・専門分化してゆく生命科学・医学の世界を知るためのガイドブックとして、基礎から最先端までの用語と物質の解説を収録した、非常に心強い一冊です。
これから勉強する学生や専門外の人のためにも、理解のために必要となる知識を平易・簡潔に噛み砕いて記載しているため読みやすく、楽しくワクワクと生命科学の世界を覗き見ることが出来ます。

 

困ったときのベタ辞典 (大和書房)

「困ったとき」というのが、一体どんな状況を指しているのかはよくわからない気もしますが、人生のさまざまな場面で遭遇しがちな、ベタなフレーズやシチュエーションを集成した、読み物としても楽しい辞典です。
部分的には、過ぎ去りし昭和のノスタルジーを感じるベタもあったりしますが、普遍的に通用しそうなベタフレーズの数々を抑えておけば、きっとあなたもいつかどこかで困らずに済むかも知れません。続編として刊行されている、『新明快! 困ったときのベタ辞典』も併せて楽しむべし。
似たような趣向で、さらに本格的に笑いのテクニックを掘り下げた『笑いの日本語事典』(筑摩書房)も、文学作品だけでなく映画、漫才、落語から抜粋した用例つきで、感心しながら笑える一冊としてオススメです。

 

思いつき大百科辞典(学習研究社)

辞典と見るべきか、イラスト集と見るべきか、難しいところですが、イラストレーター・100%ORANGEが50音+濁音・半濁音から思いつく森羅万象を描いた百科事典です。
たとえば、「あ」ならば「あべこべ」、「あに」、「あきらめてかえる」などの言葉や様態を表現した絵が、所狭しとページを埋め尽くして並べられています。「を」とか「ん」は、何も思いつかないので素直に諦めているとこなども含めて、可愛い本です。
同じように、自分なりの思いつき大百科辞典を描いてみるのも楽しそうですね。
この本とは逆というかなんというか、さまざまな場面で目にしながらも、ちゃんとした名前がわからない物を250以上とりあげて、その正式名称を解説する『アレ何?大事典』(小学館)で勉強しておけば、さらに思いつきが豊かになること請け合いです。

 

賞賛語(ほめことば)・罵倒語(けなしことば)辞典(小学館)

人をほめる言葉、けなす言葉を、「サラリーマン」「医者」「妻」「夫」などの対象別にまとめて紹介し、文学作品や国会議事録などを出典にした用例を見ながら、言葉の達人たちの「ほめる・けなす」言葉とそのテクニックを楽しく学ぶことが出来ます。
世の中大事なのは人付き合いですから、ほめておだてて気持ちよく役立ってもらったり、ウィットに富んだけなし方でチクリと釘を刺したりできる、社交の達人への扉を開いてくれる一冊になるかもしれません。
ただし、あまり言葉ばかりに頼りすぎていると、「口うるさい」と一蹴されてしまうかもしれませんので、ほどほどに。

 

現代語裏辞典(文藝春秋)

アンブローズ・ビアスの『悪魔の辞典』の翻訳でも腕を鳴らしすぎていた筒井康隆による、オリジナルの現代日本語の辞書として、約12000語を皮肉と言葉遊びたっぷりに解説した国語辞典という名のネタ本です。
軽妙で質の高い解説文は、どこを読んでも納得の楽しさなので、これこそまさに読むための辞典と言えます。
「現代」…過去の不幸な歴史をすべて抱えこんでよろめいている時代のこと。
「言葉」…聾唖者への差別語。
「辞典」…唾棄すべき常識の巣窟。本辞典のみはさにあらず。
とまあ、そんな一冊です。

 

辞書学辞典(研究社)

辞書学を体系的に捉え、辞書編集に関する用語や概念について、理論面と実際面の両方から取り上げて解説した辞典です。辞書学的には、辞書の歴史、批評、分類法、構造、および使用についての理論を紹介し、辞書編集・辞書作成の実作業の面において、データ収集とコーパス技術、定義の記述法や編集、提示、および出版の流れについてなどを解説しています。
今回紹介したような辞書を眺めながら、ついつい自分も辞書を編纂してみたくなってしまったときには、必携の一書となりそうです。
未来の素晴らしき辞書を作るアイデアがみなさんの脳裏に訪れた際は、ぜひこの辞書を片手に、思う存分辞書って欲しいと願っています。

 

 

そんなこんなで紹介してきた、ニッチで一風変わった辞書の世界はいかがだったでしょうか?

もし気になる辞書があったときは、ぜひ書店や図書館にて手にとって読んでみてくださいね。
 

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